2012年11月19日

シャボン玉のなぞ

シャボン玉
野口雨情作詞
中山晋平作曲

シャボン玉とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
壊れて消えた

シャボン玉消えた
とばずに消えた
生まれてすぐに
壊れて消えた

かぜかぜ吹くな
シャボン玉とばそう

言わずと知れたシャボン玉の歌です。
この歌は、野口雨情の子供が夭折した時に
作られた歌だと言われています。

なぞというより、この歌の場合は、
それぞれの言葉が何を比喩しているか
考えてみましょう。

まず、わかりやすいところから。

・シャボン玉
これは当然幼い我が子のことです。綺麗で、可愛くて、
それでいてすぐに壊れそうな危うい存在です。

・かぜ
風が吹いてシャボン玉が割れてしまいます。
ということは、病気や事故などでしょう。

ちょっとわかりにくいところで。

・屋根
屋根までは飛んでるので、
シャボン玉を風から防いでいます。
つまり赤ちゃんの成長を手助けしているもの
家族や社会、その他医療や教育等でしょう。
ただし、親は含みません。
理由はあとでわかります。

・話者
話者というのは、詩の中には出てきません。
では一体何かというと、
この詩の言葉を語っている人です。
それは、シャボン玉をとばしている人、
シャボン玉が割れないように、心配しながら見ている人、
シャボン玉が割れてしまって悲しんでいる人、
そしてシャボン玉が割れないように祈っている人、
つまり、親です。
我が子の成長を祈り、
我が子に禍が降りかかることがないように
懸命に祈っている親のことなのです。

この歌で一番大切なのは、
シャボン玉に例えられている我が子を思う、
親の心を理解することにあると思っています。

このような気持ちを込めてこの歌を歌うと、
自然に涙が溢れてきます。
みなさんもそういう気持ちで、あらためてこの歌を
聞いてみてください。

  

Posted by ひげの元塾長 at 21:45Comments(0)つぶやき&ぼやき